大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)541号 判決 1982年10月19日

上告人

富留総業株式会社

右代表者

山下三郎

右訴訟代理人

平林正三

増田英男

田口哲朗

被上告人

福島県知事

松平勇雄

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人平林正三、同増田英男、同田口哲朗の上告理由第一点について

被上告人が本件訴えについて当事者能力を有しない旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

同第二点について

訴えが不適法でその欠缺を補正しがたい場合において、右訴えを却下した第一審判決に対する控訴につき、控訴審は、右第一審の判断を相当とするときは、口頭弁論を経ないで右控訴を棄却することができるものと解すべきである(最高裁昭和三八年(オ)第九六九号同四一年四月一五日第二小法廷判決・裁判集民事八三号一九一頁参照)。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第三点について

本件記録によれば、原審がその判決言渡期日を当事者に告知し呼出手続をしていないことが認められる。しかしながら、民訴法二〇二条、三八四条によつて口頭弁論を経ないで控訴棄却の判決をする場合には、当事者に対し判決言渡期日の告知及び呼出手続をすることを必要としないものと解するのが相当である。原審の判決言渡手続に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(寺田治郎 横井大三 伊藤正己 木戸口久治)

上告代理人平林正三、同増田英男、同田口哲朗の上告理由

第一点 原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一、原判決は、私法上の権利義務の主体たりえない行政機関は民事訴訟上の当事者能力を有せず、従つて行政機関たる福島県知事を被告とする本訴は訴訟要件を欠く不適当なものであると判断している。しかしながら、被告である福島県知事には本件土地占有権に基づく妨害排除請求事件における当事者能力が認められるべきであつて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があることは明らかである。

二、民事訴訟上の当事者能力について。

当事者能力とは「訴訟法律関係の主体となり、訴訟法上の諸効果の帰属主体となりうる能力をいう。」(三ヶ月章法律学全集三五巻一八〇頁)そして、この当事者能力という観念は、「その間で本案判決をしても有効適切な紛争の解決をもたらさないような当事者を選別する観念」(新堂幸司、現代法律学全集三〇巻九二頁)である。従つて、当事者能力は「訴訟物についての訴訟追行を維持すべき法律上の利益の実質内容に即して判断すべき」(注解民事訴訟法(1)二四五頁)であり、形式的に判断されるべきものではない。民事訴訟法は、権利能力のない社団、財団にも当事者能力を認めているのであり、紛争の性格、紛争の解決の特徴を考慮して一定種類の紛争に関してのみ、能力を肯定することも実定法自身予定しているのである(伊藤真、民事訴訟の当事者二五頁)。

従つて、国、地方公共団体の機関である行政官庁の当事者能力については、一般的には機関たる行政官庁は私法上の権利義務の主体にはなりえず、民事訴訟上の当事者能力を有しないものと解されているが、すべての民事訴訟に当事者能力を有しないと解すべきではなく、紛争の性格、紛争解決の特徴を考慮して当事者能力を認めた方が紛争の公平妥当な解決をもたらす場合には、当事者能力が認められるべきであつて、このように解してこそ、民事訴訟制度の目的に合致するものといわざるをえない。

三、占有権に基づく妨害排除請求訴訟の特徴と性格。

本件訴訟は、上告人が占有している土地につき、被上告人が自己の名と責任において立入り調査をして上告人の本件土地占有の妨害行為をしてきたことに対し、上告人が本件土地の占有権に基づいて妨害の禁止を求めたものである。そもそも占有訴権は「社会の事実的支配状態を一応あるがままに保護しようとする制度」(我妻栄著物権法(民法講義Ⅱ)岩波書店、三四〇頁)であつて、その相手方は「占有の侵害者」であるが、何人が「侵害者」であるかについては妨害の停止(民法一九八条)の場合は「現に妨害をなしている者」妨害の予防の場合には「現に妨害をなすおそれがある者が占有の侵害者」である。(我妻栄著前掲書三四三頁)

この「現に妨害をなしている者」は紛争の実質的解決の観点から実質的に検討したうえで決められるべきであつて、形式的画一的に決められるべきものではない。

本件の場合、福島県知事が自己の名と責任において、現に妨害をなしているのであるから、福島県知事がいかなる権限に基づいて妨害行為をなそうとも――それが国の機関委任事務としてであろうと、県の固有事務としてであろうと現に妨害している者として福島県知事を相手に妨害の禁止を求めることができて当然でなければならない。その限りにおいて、福島県知事は国の機関委任事務として妨害行為をなしたものであつても、占有権に基づく妨害排除請求訴訟の当事者能力、当事者適格が認められるべきである。

もし、このように自己の名と責任において現に妨害をなしている者を相手に妨害の排除を求めることができないとすれば、被侵害者には不測の不利益を与えることになり、その権利侵害には著しいものがあり、すべての人に裁判による権利の救済を求めることを保証している憲法三二条に違反するものといわざるをえない。けだし、占有権に基づく妨害排除請求は本来その性質上、緊急かつ迅速性を伴つており、被侵害者の側から見た時に、現にその名で妨害行為をしている県知事を直ちに相手にできず、県知事がいかなる権限に基づいて妨害行為をなしているのか即ち国の機関委任事務としてやつているのか、県の固有事務、団体委任事務としてやつているのかを調査、確認した上でなければその排除を求めることができないということになれば、その調査、確認に多大の日時を要し、被侵害者に回復不能の損害を与える可能性もある。さらに、もし県知事がいかなる権限に基づいて妨害行為をしているのか明らかにしない場合には、被侵害者は相手方を特定できず、妨害の排除を求めることができなくなつてしまい、被侵害者に対し、不測の重大なる不利益を与えることになることは万人の眼に明らかであろう。

しかも、県知事は、占有妨害行為を停止できる地位と権限を有しており、県知事を相手として訴訟を起こすのが最も合理的で訴訟経済上も迅速な紛争解決という点からも最も適切であり、反面、県知事に当事者能力を認めることにより、国なり県なり県知事に対し、不利益を与えることは全くない。

してみると、本件訴訟において、被上告人に当事者能力を認めなかつた原判決には法令の解釈適用に誤りがあることは明らかである。

四、機関委任事務と当事者能力について。

ところで原判決は福島県知事は私法上の権利義務の主体たりえない、行政機関には当事者能力はない、と形式的に判断しているのであるが、国の県知事に対する機関委任事務の範囲内において、一定種類の訴訟につき例外的に当事者能力を認めたからといつて、機関委任事務の性質に反するものではない。

そもそも「機関委任事務はこれを委任した国の事務であり、委任された県知事はこれを委任した国の指揮監督の下にこれを行うものではあるが権限の委任の場合には、代理と異なり、その権限は委任の範囲内において、受任者の権限に属し、受任者である県知事は、自己の権限として自己の名と責任においてこれを行使するものと解すべき」(福島地方裁判所相馬支部昭和五五年(モ)第四五号仮処分異議事件の昭和五五年一〇月二九日言渡の判決)である。即ち国の機関委任事務は事務そのものは国の権能に留保しつつ、これを国の監督の下に地方公共団体の長、その他の執行機関に処理させようとする方式であり(杉村敏正、室井力編コンメンタール地方自治法三四四頁)、知事は主務大臣の指揮監督を受けるものとされるが、この指揮監督は「文字どおり包括的なものであるとはいえ、同一行政主体内部におけるように当然に拘束的なものではなく、むしろその本質において行政指導的性格のものでしかない」(室井力、機関委任事務と指揮監督、都市問題研究二七巻三号二二頁、兼子仁、行政法事例研究一九五頁、杉村敏正、室井力編、前掲書三五一頁)のである。従つて、県知事は権限の委任の範囲においては、自らの判断と責任において、誠実に管理し、執行する義務を負うのである。(地方自治法一三八条の二)この点で普通地方公共団体の固有事務団体委任事務と何ら差異はないのである。そうである以上、機関委任事務につき県知事は自己の権限として自己の名と責任においてこれを行使するものと解すべきであり、県知事が国から委任を受けて管理している土地については自己の権限として、県知事に代理占有があるものと解され、この点で県知事も私法上の権利義務の主体となり、従つてこの限りで当事者能力を有するものと解される。仮に、代理占有が認められなくて単なる機関としての所持にすぎないとしても所持という事実的支配に属すると認められる客観的関係が存在する以上、占有権に基づく妨害排除請求の当事者能力を県知事に認めても、何ら差支えないのであつて、機関委任事務の性質に何ら反するところはないのである。

しかも、右に述べたように機関委任事務における県知事の権限は県知事の自己の権限として、自らの判断と責任に基づいてなされるものである以上、国に対する訴訟で国に勝訴しても、その判決の効力が直ちに県知事に対し及ぶかどうか疑問の生ずる余地があり、従つてもし県知事が国に対する妨害排除請求が判決で出されたにもかかわらず、自己の権限と判断に基づいてなお占有侵害を継続した場合には被侵害者の権利は全く保護されないこととなり被侵害者の蒙る不利益は甚大なものとならざるをえない。従つて、被侵害者の権利を十分に保全するために県知事を相手とする占有に関する争訟が許されるべきである。これは請負人が注文主に対する工事禁止の仮処分にかかわらず工事を進行した場合、さらに請負人を債務者として新たな仮処分命令を得る必要がある場合と同様であつて、現実に直接占有を侵害している県知事にも当事者能力が認められるべきである。

五、行政機関の当事者能力、当事者適格について、紛争の実質に即して認めた判例。

かかる判例として、(1)福島地方裁判所相馬支部昭和五五年(モ)第四五号仮処分異議事件の昭和五五年一〇月二九日言渡の判決、(2)広島高裁松江支部昭和四九年七月三一日判、行裁判例集二五巻七号一〇三九頁がある。前者は、本件仮処分異議事件の第一審判決である。後者の判例は本来土地収用法一三三条の損失補償に関する訴について、これを給付又は確認の訴と解する限りは事業の管理者又は費用負担者たる権利義務の主体となる公共団体が当事者適格を有すると解するのが訴の性質に適合するが、これを形式的に貫くと、土地収用法一三三条の「起業者」の意味につき、公共団体を被告とすべきか或いは行政庁を被告とすべきかについて疑いが生じるときに、常に被告を公共団体としなければならないとすれば、訴訟制度の利用者たる私人の利益保護が計られなくなるので、事を実質的に考え、たとえ、右判決が行政事件訴訟であつても行政機関に当事者適格を認めることによつて妥当な解決を計つたものである。右判例は行政事件についてのものであるが、このような実質的解決は何ら行政事件についてのみ、計られなければならないものではなく、本件占有訴訟においても同様に、占有妨害の「妨害者」を実質的に検討すべきであることはいうまでもない。

六、従つて、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があるので破棄されるべきである。

第二点 原判決には以下の点においても判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一、原裁判所は本件控訴棄却の判決をするにあたつて、口頭弁論を経なかつたものであるが、民事訴訟法一二五条一項は、終局判決で応答すべき控訴に対しては口頭弁論を開いたうえで判決することを必要としており、口頭弁論を経ないでなされた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があることは明らかである。

原判決は、民事訴訟法二〇二条を適用して口頭弁論を開く必要なしとしたものであるが、民事訴訟法は控訴に対して口頭弁論を経ずして判決をなすことのできる場合を例外的に第三八三条で定め、適法な控訴がなされた以上は判決をするにあたつて必ず口頭弁論を開くことを要求しているのであつて、原判決が民事訴訟法二〇二条を拡張して適用したのは、法令の適用に誤りがあるといわざるをえない。

二、けだし、適法な控訴がなされた以上、その判決にあつては、当事者にその主張、立証を十分尽くさせる機会を与えるべきであり、民事訴訟法が必要的口頭弁論を原則としているのは、まさにそのためであり、必要的口頭弁論の例外は明確に別段の規定がある場合に限られているのである。(法一二五条三項)本件の場合、被告の当事者能力が争点の一つになつているのであつて、控訴人としては控訴審の口頭弁論期日において、被告の当事者能力を認めないことは、憲法三二条同九二条に違反する旨十分主張し、裁判所の判断を求める予定であつたところ原裁判所はかかる控訴人の意見陳述の機会を全く奪つて被告の当事者能力について独断的、形式的に判断したものであつて、まさに、民事訴訟法の大原則である必要的口頭弁論の原則を無暴にも踏みにじつたものである。本件訴訟において被告に当事者能力があるのか否かという点については、下級審の裁判例も分かれており(肯定の判例、福島地方裁判所相馬支部昭和五五年(モ)第四五号仮処分異議事件昭和五五年一〇月二九日言渡しの判決)、裁判所としても、控訴人の意見陳述、被控訴人の意見陳述を十分に聴いた上で、慎重に判断すべきであつて、口頭弁論を経る必要があることは明らかである。

しかるに、原判決は、法令の解釈適用を誤り、口頭弁論を経ることなく、従つて、当事者に意見陳述の機会を十分与えることなく、本件訴を不適法な訴でその欠缺が補正できないものと判断したものであつて、民事訴訟法一二五条一項に違背しており、右法令違背が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄されるべきである。

第三点 原判決には以下の点においても判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。

一、原判決の言渡には当事者に対する言渡期日の告知がなされなかつたのであるが、判決の言渡は期日を指定し、当事者に告知して言渡さなければならないであつて、言渡期日が告知されないでなされた原判決には判決成立手続の違法がある。しかも、言渡期日の告知がなかつたことにより控訴人には意見陳述の機会が奪われたのであるから、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

二、原判決は、口頭弁論を経ないで不適法な控訴を却下する判決ということで、言渡期日の告知がなかつたものと解されるが、そもそも、昭和二九年法一二七改正前の民事訴訟法二〇二条には二項として昭和二三年法一四九により追加された一一四条二項の規定が準用されており、却下判決をする前に裁判所は原告を審尋しなければならないとされていたのである。現行法では右規定は削除されて審尋の必要はないのであるが、少くとも当事者に陳述の機会を与えるために、言渡期日の告知は必要であるといわざるをえない。(斉藤秀夫編著、注解民事訴訟法(3)、第一法規三八五頁)

従つて、言渡期日の告知がないままなされた原判決は破棄されるべきである。

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